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takase aya

茂田くんちの坂田さん

使用画材
段ボール、シャープペンシル、透明水彩、アクリル絵具、マスキングテープ、羽、押し花、レース、布、紙、スタンプ、英字新聞、シール
  1. ない。どこにもない。僕の大切なあれが、どこにもない。
    いつものお散歩コースも、大好きなリンゴの木の陰も、仲良しの茂田くんの家も、
    全部探したのに見付からない。

    まみちゃんには言えない。まだ嫌われたくない。
    タイムリミットは明日の朝10時。切り株の前に、彼女が現れるまで。

    もう一度、茂田くんに会いに行った。一緒に探してもらおうと思った。
    茂田くんの家は、綺麗な魚をたくさん飼っている。
    玄関に置かれている水槽を見るたび、自分が自分じゃなくなる感じがする。
    僕は何をしに来たのかも忘れて、何も考えられずに、水槽に顔を近付けてしまった。
  2. 突然、目の前が真っ暗になった。
    誰かに耳をふさがれている感覚がする。
    体が宙に浮いているような気がして、怖くて目を開けられない。

    そう、僕は目を閉じている。じゃあ開ければ良いんだ。
    そっと目を開けると、何かが僕を見つめていた。

    「大丈夫か?」
    恐ろしい顔をした何かが言った。
    見覚えのある刺青をした彼は、
    僕が何とか頷くのを確認すると、どこかへ向かって歩き出した。
    僕は吸い寄せられるように、彼の後を付いて行った。
    彼は少し、歩幅を狭めた。
  3. 角を曲がると、美しい青い世界が目に飛び込んできた。
    レンガの家に、ビンのビル。
    色とりどりの木々は風に揺れ、空にはシャボン玉が浮かんでいる。

    「うわあ…」
    思わず感嘆の声を上げた。
    と同時に、僕の口からシャボン玉がいっぱい溢れて、空に消えていった。
  4. 「あんた、探し物をしに来たんだろう」
    傾いた簡素な家の前で止まると、ぶっきらぼうに、彼が言った。
    何だか怒られているような気になって、僕はあわてて気を付けをした。
    探し物があるのに探しに行かないなんてと、責められている気がした。

    「ごめんなさい、坂田さん!僕探しに行ってきます!」
    とにかくその場を離れたくて、逃げ出すように走り出した。
    坂田さんが何か言いかけた気がするけど、聞こえないふりをして。
  5. こんなに大きな世界で、あんなに小さなものが見付かるのだろうか。
    当てなんかないけれど、とにかく歩いてみることにした。

    ビンの欠片の下、柔らかい木の陰、綺麗な敷石の隙間。
    ここはきらきらしているものが多すぎて、探すのが大変だ。

    空を見上げて、ため息をついた。
    細かくてきらきらしたシャボン玉が、青い空に吸い込まれていった。
  6. 誰か居る。話し声が聞こえる。彼らはあれを見かけていないだろうか。
    少しでも可能性があるなら、何でも試してみたかった。

    「こんにちは」
    「なんだおまえ!あやしいやつ!」
    「あやしいやつ!あやしいやつ!」

    彼らは僕を見るなり、武器を手に襲いかかってきた。
    どうやら話を聞いてくれる気は無いようだ。
    やめてくれと頼んでも、いくら暴れまわっても、放してくれそうにない。
  7. 「じょおうさま、あやしいやつです!」
    「あやしいやつ!あやしいやつ!」

    鋭い光の洪水が僕の目を襲う。
    真っ白な空間に、美しいシルエットが浮かぶ。
    振り返った彼女は冷たい目をしていて、僕の心臓は跳ね上がる。

    動かない手足と、出ない声。
    自然と首が横に振れ、美しい彼女から怖くて目が離せない。

    彼女は一言も発することなく、僕の運命を決定した。
  8. このままだと、まみちゃんや茂田くんに会えなくなる。
    パパやママやお兄ちゃんに、もう二度と会えなくなる。
    さっきとは違うところで、恐怖を感じた。

    だれか、たすけて。
    声にならない僕の叫びは、泡になって宙に消える。
    助けてくれる人なんて、ここには居ない。
    自分を守れるのは、自分だけだ。

    動かない体にムチを打って、必死で縄を引きちぎろうとした。
    抱えられていた僕は、無様に地面を転がっていく。
    涙が鼻の穴に入って痛い。
    這いつくばる僕に、たくさんの兵士が飛びかかる。
  9. どうしてこんなことになってしまったんだろう。
    僕はただ、まみちゃんからの大切なプレゼントを探しに来ただけなのに。

    足首を固定していた縄が切れた。
    重なる兵士たちを蹴り飛ばして、ぐちゃぐちゃに暴れた。
    絶対諦めたりなんかしない。
    ここから逃げて、皆に会いに行くんだ。

    手首を固定していた縄が切れた。
    無意識に伸ばした手に、ぬるっとした感触がした。

    「坂田さん…」
    僕が呟くと、兵士たちの動きが止まった。
  10. 坂田さんは僕を立ち上がらせると、手首を優しく撫でてくれた。
    兵士たちは、動かないまま僕たちを見守っている。
    坂田さんの目は、まっすぐに女王さまを捉えている。
    二人は見つめ合ったまま、動かない。

    ふと、彼女が目をそらした。
    それが合図だったかのように、兵士たちは僕への興味を失ったようだった。
    坂田さんが僕を抱き上げて、一言、悪かったな、とだけ呟いた。
    僕は何が何だかわからなかったけど、
    何も言えないまま、坂田さんの家まで連れていかれた。
  11. 坂田さんは堅いイスに僕を座らせると、ココアを淹れてきてくれた。
    まるで頑張った僕へのご褒美かのように、それは甘くて美味しかった。

    「あんたが探しに来たのは、あれなんじゃないのか」
    唐突に坂田さんが言った。

    あごで指された壁を見ると、綺麗な銀色のフラフープが立てかけてあった。
    「知らないよ、僕」
    「よく見てみろよ。もう立てるだろう」
    言われるがままにフラフープに近寄ると、見覚えのある繊細な装飾が目に入った。

    「遠いところまでご苦労さん。それ持って早く帰れよ」
    彼は横を向いたまま、タバコに火を点けた。
    「ありがとう、坂田さん」
  12. そう言い終わるのと、茂田くんの声が聞こえるのとでは、どっちが早かっただろう。
    気が付くと僕は、茂田くんの家の玄関で、水槽にへばりついて立ち尽くしていた。

    「ユウジ、お前本当にうちの坂田が好きだね」
    いくらへばりついて見つめたって、食べさせてやんねーよ。
    彼はそう言って、ちょっと大人びた顔で笑った。
    「あれ?ブレスレット見付かったんだ。良かったな、まみちゃんに殺されずに済んで」

    僕は左の手首を見た。そしてもう一度、感謝を込めて水槽を見た。
    ただ美味しそうとだけ思っていた姿は、
    今まで気付かなかったのが不思議なほど、優雅で美しかった。

suzuri