Art Pot

そして、蚤は高く跳ぶ。 後編

著者:明るいあかり@ユリ

ーーー放課後



部室ーーー


かよは一人、キャンバスと向き合っていた。


周囲を気にしながら、彼女は例の本を取り出し、開いた。


「確かここらへんのページ…あった!」



誰もいないのを確認してから


譜面を読めない少女は、微かな記憶を頼りに歌った。



彼女が選んだ曲


それは、



『勇気一つを友にして』



「…むかーし、ギリシャのイカロスはー、」



昔ギリシャのイカロスは


蝋で固めた鳥の羽根


両手に持って飛び立った



雲より高くまだ遠く


勇気一つを友にして



丘はぐんぐん遠ざかり


下に広がる青い海


両手の羽根を羽ばたかせ


太陽目指し飛んでいく


勇気一つを友にして


「(でもイカロスは…)」



赤く燃え立つ太陽に


蝋で固めた鳥の羽根



みるみる溶けて


舞い散った


翼奪われイカロスは



落ちて



命を失った


「(そして、)」


だけど僕らはイカロスの



鉄の勇気を受け継いで


明日へ向かい飛び立った


僕らは強く生きていく



勇気一つを友にして。



「…ちゃんと歌えたかな。」


音程これであってるのかな??


もう一回最初から歌ってみよ、う……?


……っっって、!



「うわぁ!」


いつからそこにいたのか。


かよの視線の先には部長の姿があった。


その来訪者は、ドアの前に立ちながら、鍵を指で回していた。



また、かよは自分の世界に没入していたらしい。


ひゅんひゅんと回る鍵はタイムリミットを暗示していた。



「…聴いてました?」


「ノーコメントでお願いします。部室、閉じるよ。」



ーーー数日後ーーー



かよは自室であの本を見ていた。


作品の見せあいは明日。



自身の作品、『勇気一つを友にして』は学校に置いてある。


だが、どうしてもかよには気になることがあった。


「やっぱり可笑しいよね…。」


可笑しい、という言葉は



わらうべし、と書いてそう読む。



その言葉通り



彼女は笑っていた。


「普通わかるよね。」


蝋の羽根で飛ぶ云々はよしとして、



太陽の熱で溶けそうなのはわかる気がするけど。


太陽まで行って何がしたかったんだろう?


それで周りはイカロスの勇気を讃えよう!みたいな感じだし…。


頭が悪いと思うのは私だけ??


「あ、そうだ。」


思い出したかのように、かよは携帯を手に取りTwitterを開いた。



そのリプライ通知の多さに、彼女はまた、微笑んだ。


かよはTwitterでの返事が遅い方である。


彼女にとってそれは密かな楽しみ…いわば、ショートケーキの莓なのだ。


食べる頃には、いつの間にか時間が経過している。


その分、リプライが多く、莓もたくさん食べられる。


画面に表示されている会話の内容は、かよが上げた作品の画像についてだった。



うまいと言ってくれている



凄いとほめてくれている者



それら全てに、丁寧に返信していく。


言葉を選んで、時間をかけて。


大切な友達は、またそれに返事を送ってくれることだろう。


だが、かよが今日、再びTwitterを開くことはないだろう。


次に開くのは、明日、作品の見せあいが終わってから。


何故かって?




ショートケーキの莓は最後に食べたいから。



ーーー翌日



放課後、かよの自室ーーー



投票はあっという間に終わった。


かよが、いや、かよ達ほとんどの部員に言われたのは



今後、より一層の努力をしろの一言だった。


一位になったのは



『手のひらを太陽に』をテーマに描いた女の子の作品だった。


かよ自身もそれに投票した。


だが、


「……。」


なんだか、もやもやが、残る、



「……。」


今回の作品はコンクールとは関係が、ない。



だけど…



………


なんか、あっけない。



『赤く燃え立つ太陽に蝋で固めた鳥の羽根、みるみる溶けて舞い散った。』



「……っう、。」


部長、凄い一位の作品ほめてた。


なんだろう、なんか




少し、



むかつく。


自分には一票も入らなかった。


『みるみる溶けて、舞い散った』


「うるさい。」



周りと違うような作品にしようとして



友達からはほめられて



……一位になりたかったのかな、私。


あぁ、だから、



「むかつく。」



『落ちて命を失った』



うるさい。


……一票くらい欲しかった。


あぁ、あぁ、そうか。



イカロスは周りが出来なかったことをしたから、讃えられたんだ。


例えそれが命を落とす行為だったとしても。



けど私は所詮、浅はかな考えで工夫したつもりになって天狗になって



頭が悪いのは





私だ。




だから、



やっぱり



「……むかつく。…ひっく。ぐす。」



自分らしくないと思っても



流れるモノを止めることは出来ない。



そろそろいつもならお腹が空く時間



だけど今日








彼女は莓を食べなかった。